精神保健福祉士を目指した理由

妹は精神障害者だ。それは妹が大学を卒業し就職した2年目の秋のことだ。控えめではあるが天真爛漫な彼女は友人も多く、休みの日など家にいたことなど無く外出していた。それが突然家にこもる様になった。原因は、友だちとの人間関係か会社での関係かは分らない。家で年少さんがするぬり絵を始めたのだ。それを見た私は、こんなの今までの妹とはかけ離れ全くの別人に見え、親に伝え、親が精神科のある病院に行ったのが、精神障害者の妹と精神障害者の持つ家族の始まりだった。その後の変貌にには驚くものがあった。そのご数年たち私は、精神保健福祉士を目指すことになる。精神保健福祉士とは、精神保健福祉士法に基づいて、精神障害者の入院の相談や社会復帰を相談援助する人のことで、精神科ソーシャルワーカー業務の中では唯一の国家資格だ。精神障害者の認定を受け手帳を持つ妹を案じ力になりたく思った結果だ。

精神障害者の認定の手帳

妹が精神障害者の認定を受け、精神障害者の手帳を受け取ったのは初診の時から10数年の時をえている。それは妹の症状が一定ではなく、起伏があるため治ると信じた親の判断でもある。妹の精神障害の病名は、統合失調症、精神分裂病といわれるもののようだ。この病気は非常に厄介で、普通のときはなにぶん変わらず普通である。発作?が起きた時は、人格が変わったように変貌するのだ。今までの天真爛漫な優しい妹ではなく、暴言を吐き、暴力を振るうのである。そんな妹の態度を信じたくない私は、同じように暴言を良い小突いたりした。傍から見ればだたの兄妹喧嘩だったであろうが、私は心の奥底で泣いていた。こんな事が繰り返し行われ、ひどい時は入院したりもした。ひどい時と言うには、親の堪忍袋が切れたときのように私は思えた。本人の意思でないことは分っているが、我慢できないとき、許せないときが、精神障害者の認定を受けた者を家族に持つ方は、解っていただけるだろう。こんな事が何年も何年も繰り返された、ある日妹は、精神障害者の認定を受け、精神障害者の手帳を受け取った。

精神保健福祉士で自立支援

精神保健福祉士になって妹の自立支援をしようと誓った。精神保健福祉士になったところで妹の自立支援を出来るわけもない事は承知のうえだ。ただ精神保健福祉士と言う専門家の立場で妹に接したかった私のエゴなのかもしれない。精神保健福祉士の資格取得後は、医療機関や精神障害者社会復帰施設、保健所・精神保健福祉センター他、小規模作業所・グループホーム等で働く人が多いからだ。精神障害者の接し方、特に統合失調症・精神分裂病の患者の接し方の精神面を側面から客観的に追求することが出来れば、自分や家族、ましては妹にも良い影響があるのではないかと思ったからだ。精神障害者の認定の手帳には等級がある。精神障害の病歴や症状・状態像の記載等を主に参考にされ、重い順に1級・2級・3級があり、手帳の等級によって受けられる福祉サービスに差があるのはご存知だろうか。1級は概ね「日常生活が一人では出来ず、他人の援助や介護を受けないと生活が出来ない人」 で、2級は概ね「日常生活に著しい困難があり、時に応じて他人の援助が必要な人」、3級は概ね「労働に著しい困難があり、社会生活に制限を受ける人」 を言う。妹の場合は3級である。
反響があれば、精神障害者の日記などで更新したいと思う。

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